こんにちは。
個別指導学院ヒーローズ富塚校の鈴木です。
生徒たちと話していると、普通にやっているとか、普通に頑張ってるとか、普通にっていう言葉はめちゃくちゃでできます。けれど、詳しく聞いて行ってみると、どうもその普通って言うラインは人によって全然違うようです。
当たり前のことですけど、改めて生徒たちに言語化していってもらうと、お互いに認識が全然違ったり、普通と思っている部分が普通じゃなかったりと衝撃の事実が判明することもあります。
今回はそんなことのまとめです。
誰にとっての普通なのかを考えてみる
「普通に勉強している」の普通って、そもそも誰にとっての普通なんでしょう?
ーーそうです。
この場合の普通と言うのは、このセリフを言った当人にとっての普通です。その人の普通っていうのは言い換えてみればこれまで培ってきた習慣ともいえます。
その人が培ってきた習慣なのだから、何か特別なことをやっていると言う認識が本人にはありません。だからこそ、ちょうどいい言葉として普通っていうの選んで使ってます。
問題があるとしたら、この普通っていう言葉に原因があります。
みんなそれぞれ自分の普通に照らし合わせて考えてる
どんな勉強しているとかどれくらい勉強している?とか、生徒同士での会話での登場はもちろん、先生から生徒に聞くこともあるフレーズです。特に生徒同士の時に顕著なんですが、普通にやってるとか、普通のやり方とかだけを聞いて満足してしまっている節があります。
それは何故かと言えば、普通だからです。
誰にとっての普通なのかを考えていないと、普通という言葉だけ鵜呑みにして、相手にとっての普通ではなく、自分にとっての普通で解釈します。今自分がやってる勉強量であるとか、あるいは自分がやってる勉強法であるとか、そういったものが「間違ってないんだ、今のままでいいんだ」と思ってしまうわけです。
例えば、親子同士の会話で、親から子供に「勉強やってるの?」って質問しても、子供から返ってくる答えが「普通にやっているよ」だったら、それぞれの普通に照らし合わせて解釈してしまうことが起きます。親は親にとっての普通を基準に、子供は子供にとっての普通を基準に考えてしまうんです。
それぐらいみんなそれぞれ自分の普通に照らし合わせて考えているということです。
言うなれば、言葉だけが一人歩きして、その言葉の示している意味までは共有していないということです。
普通の中身の言語化をする練習
誤解を防ぐためにも、それぞれが持っている普通とは何かを言語化してもらう必要があります。
一言で済ませてしまっている普通とは何か、普通に勉強しているの時の普通とはどのくらいなのか、普通の方法でやっている、普通のやり方とは、具体的にはどんな勉強方法のことを言うのか、それぞれがそれぞれで持っている定義をお互いに共有して、お互いが思っている普通の違いを知る努力をしなければいけません。
習慣になってしまっていることなのだから、あえて考えて言語化すると言うのはなかなか大変なことではあります。意識せずともできるのが習慣の良い所ですからね。けれど、もしそこに誤解や勘違いがあるかもしれないのなら、その誤解や勘違いは早めに正しておいた方がダメージが小さくて済みます。
そのためにも自分自身が思っている普通とは何かを一つ一つ言語化して定義付けをしていってみましょう。
富塚校ではあなた自身が理解したことを言語化する指導をしています
富塚校では、対話型のコミニケーションによる指導を通じて、指導の中で、生徒がわかったこと、理解した事を言語化する練習をしています。何がどうわかったのかどんなふうに理解したのか、そういったことから、頭の中で考えていることをアウトプットできるように指導しています。
一人じゃ頭の中が整理できない、考えがまとまらないという方からのご相談お待ちしております。