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コラム 2019.07.17

小説をたくさん読んでます。でも国語が得意になりません。

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小説をたくさん読んでます。でも国語が得意になりません。

目次

さて、今日は国語の読解力についてです。

本をたくさん読んだら読解力が上がりますか?

そんな素朴な疑問にお答えします。もちろん読む本によります。そして残念ですが「ライトノベル」を読んでも国語力は上がりません。

 

テストに出るのは面倒でつまらない文章

もしも国語の教科書がライトノベルのような文章だったら、みんな国語の授業が楽しいでしょう。しかし教科書に書いていある文章は、堅苦しくて真面目で、重いものばかりです。面白がって読んでいる中学生や高校生なんて、めったにいません。

そして国語のテストは教科書の文章や、教科書みたいな文章で出題されます。

つまり面白い文章をたくさん読んでも、教科書のような文章とは違い過ぎてテスト対策になりません。ですからライトノベルをいくら読んでもテストの点数が上がらないのです。

それでは、なぜライトノベルは面白くて、教科書の文章は面白くないのでしょうか?

教科書-ライトノベル=テスト対策

逆に言えば、教科書の文章とライトノベルの文章の違いが分かってしまえば、国語の勉強やテスト対策の方法が分かります。これならライトノベルの経験がテストにも活かせます。

ライトノベルは小学生から社会人まで広く読まれます。というより多くの人達に買ってもらえるように書かれています。さらにマンガやアニメ、ゲーム、グッズとの連携も考えられています。

一方、教科書の文章は「学年相応の知識があって正しく読める人には読める」ように書かれています。ゲームやグッズなどとの連携もありません。

ここでは、単語(語彙)と描写、文章構成の2つの視点で、より詳しく考えてみます。

単語(語彙)と描写の違い

まず文章に使われている言葉や、言葉による描写の違いについて考えます。ライトノベルも文学作品も、場面の景色や登場人物の心情を素晴らしく描写しています。しかし描写の手法が全く違います。

辞書にない名詞が多いライトノベル

ライトノベルの多くは現実世界とは違う独自の世界観を描写します。現実ではだれも経験していないような世界を描くのですから、国語辞典に載ってない独自の用語がたくさん出てきます。もちろん言葉だけで説明は不可能なので、挿絵も多く使われます。

類似のジャンルやモチーフはあるにしろ、物や人の名前、技能の呼び方から物理法則に至るまで、多くのものが独自の言葉に置き換えられています。既存の言葉に変なフリガナをふって使われるのもそのためです。とにかく国語辞典に載っていない名詞の数が、半端なくヤバいです。そのため趣味の違う人に内容を説明しても、何を言っているのかサッパリ分かりません。

登場人物の感情を描写するにも、独自の用語を多用します。感情が大きく動けば、それだけ大きなイベントや技が発動しますから、それで感情の大きさが分かります。難しい言葉を使わなくても巧みに感情表現がされています。

独自の世界観ですから、文章だけで没入できるような描写は不可能で、どちらかといえば「そういう設定だから」と割り切って読ませるような文章です。現実味がない分、キャラ設定が濃くなり、激しく極端な描写も多くなります。未経験の世界ですから刺激を強くしないと伝わりにくいのです。例えば、多くの人が死んだり生き返ったり、違う世界へリセットされたり、など、現実の世界では大騒ぎ、大惨事になるようなことが1つの場面だけでも起こります。設定を割り切って受け入れているからこそ読めるのです。

専門用語を多用して世界を描写する。描写しきれない部分は挿絵も使う。それがライトノベルです。

そしてライトノベルの中で覚えた用語は、テストでは1つも出てきません。

熟語を多用する教科書の文章

一方、教科書の文章や文学作品では、多くが現実世界のことや、現実世界を舞台にした架空の話しを描写します。そのため国語辞典に載っている言葉だけで、ほとんど記述されています。その代わり、日常会話では使わないような難しい言葉や含蓄のある言葉が使われたり、文脈に合わせて既存の言葉のニュアンスが再設定されたりします。

辞書にある言葉が使われ、ほぼ現実世界をもとに描かれています。つまり、文章で書かれていることを自分の経験に置き換えて理解できるということです。文章だけでも読み手を没入させるような、深くリアルな表現ができます。

景色や出来事、登場人物の心の描写まで、いかに言葉だけで目に浮かぶような描写ができるのか、それが著者の手腕の1つです。

それから教科書では、学年に相応しい漢字と熟語も出てきます。これらを覚えないと文章が理解できません。辞書などを使って語彙の知識を増やせば、それだけより深く描写を理解できるようになっています。

辞書にある言葉だけでリアリティのある世界観を描写する。挿絵に頼ったら負け。それが教科書の文章です。

そして新出の言葉や漢字がテストに出ます。文脈上の言葉の意味を正しく理解できているかも問われます。

文章構成の違い

1文の長さや形式段落や意味段落の使い方は、大きな違いはありません。ライトノベルが多くの人に親しまれているから、簡単な文章なのかと言えば、決してそうとも限りません。

ただ細かいところを見ると、やっぱり違いがあります。

教科書の文章は代名詞や指示語が多い

ライトノベルは人物やアイテムのキャラ設定が濃く、独自の口調や用語を多用します。そのため、代名詞や指示語はそれほど多く使われません。たとえ代名詞や指示語が何を指しているのか正確にたどれなくても、濃いキャラ設定や世界観の設定に助けられて理解できてしまいます。
また、マンガやアニメとの連動も考慮され、登場人物のセリフが多めです。キャラ設定によるセリフの定型口調もヒントになって読みやすいです。

それに比べ、文学作品はセリフよりも解説の方が多いです。そのため代名詞や指示語が多くなります。また知識の多い人が書く分は、同じ言葉の繰り返しを避け、どんどん違う言い方に変えていってしまいます。それが説明を肉厚にするのは確かですが、もとの意味を追いかけるのに体力が必要です。
文豪は安っぽいキャラ設定や定型文を嫌います。言葉だけでリアルな描写を試みます。いつも新しい表現に挑戦しているのです。だかから著者の編み出した表現技法に気づき、その意図を汲み取る労力も必要です。

まとめ

このように、ライトノベルと教科書の文章とでは大きく違います。ですからテストや模試で点数を伸ばそうと思ったら、ライトノベルを読む時間を少し削って、教科書のような文章の本を読むと良いです。著名人の書いた文学作品や評論文です。評論家や学者の書いた文章でも良いでしょう。新聞のコラムを読むのも良い手です。

精読のススメ

読むものを増やしたくないのなら、教科書の「精読」をおすすめします。

精読は「遅読」とも呼ばれます。とにかく1字1句の意味をも見逃さず、綿密に緻密に意味を拾う読み方です。もちろん同じ文章を何度も読み返します。まだ拾いきれていない筆者の想いや考えが残されていないかを慎重に確認します。できれば読んだ文章を1枚の紙にまとめてみて、読み返したらその紙を修正して、というのを3周くらいしてみてください。

最近の教科書は、物語文や説明文の「読み方」が、なんと巻末にまとめられています。それをよく見て、そこに書かれている読み方を全て守って読んでみてください。

めんどうですって?

そりゃそうです。だから言ったじゃないですか。教科書にあるような面倒な文章を読まないと、テストや模試で点数が取れないんです。

あとがき

簡単に読める文章がダメで、難しい文章の方が良い、というわけではありません。私はむしろ、文章、模型や彫刻、グッズ、画像、動画などが融合して、そこでまた新しい言語に成長するのだろうと思っています。色々なメディアやイベントと連動しているライトノベルは、もしかしたら言語が進化している過程なのかもしれません。

今までは彫刻家と文章を書く作家、写真や映像を作る作家は、それぞれ別のスキルが必要で、作品にかける時間もまったく別でした。しかし技術革新がもっと進めば、この先、文章や模型やグッズ、画像、動画などをつくり出す時間やコストに差が無くなってくるでしょう。特別な才能がなくても、キーボードで文字を打ち込むくらいの手軽さで、模型も映像も音声も、ささっと表現できるようになったとしたら、それらが複雑に絡み合ったものが、1つの日本語になるのだと思います。

残念ながら、SNSやITSが新しい言語の姿を実現しつつあっても、国語の教科書に3Dプリントや立体画像が組み込まれる事は、まだまだ無いでしょう。もうしばらくは、文字列に偏重した国語のテストで点数を取るしか、成績を上げる方法がないでしょう。

そう考えると、あまりにも難解な現代文の読解問題というのは、この先、本当に実用性があるのかどうか、疑がわしいものです。第一、ほとんどの人が読んでも理解できないような文章は、伝達手段としては、むしろ欠陥作品です。どんなに偉い人が書いた文章でも、誰も読まないレベルの難易度の高い文章は、ぶっちゃけ社会的な価値はほとんどないと思います。

あくまでも私の感覚です。私の所感では、センター試験の現代文の難易度を上限にするくらいで十分なのではないかと思います。

頭の良い官僚や政治家の先生方も、言葉の解釈で押し問答をしているのです。これ以上、文字列を難解にしない方が良いでしょう。現代文のテストの難易度も、ほどほどにしたいものですね。

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