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2023.07.12 楽しい社会科

【中学生のための歴史講座】源頼朝は何故天下を取れたのか?

関東で挙兵し、当時我が世の春を謳歌していた平家を倒し、鎌倉幕府を開いた人は、源頼朝です。

では源頼朝はどうして天下を平定し鎌倉幕府を開く事が出来たのでしょう。

私は中学生の時この事がどうしても理解できませんでした。

先ず、源頼朝が坂東で挙兵する以前の状況ですが、彼のお父さんである源義朝が平治の乱で平清盛に敗れたのち、頼朝は伊豆に流されていました。今でこそ関東は都会ですが、当時は田舎も田舎ハッキリ言ってド田舎です。

そんなド田舎で彼の自由にできる兵隊はもちろん人材もろくにいない状況です。まずこの時点で天下を取るイメージが全く描けません。

そして平家への反発から全国で乱が勃発しました。頼朝は平治の乱で敗れた源義朝の子供ですので当然警戒されます。挙兵しなければいずれ殺されるかもしれない、黙って殺されるくらいなら一縷の可能性に欠けて挙兵したほうが良い、恐らくそんな気持ちになったのか坂東で挙兵することになります。

ただ挙兵したのは良いが、彼に従う兵士はハッキリ言って少ないです。当初の人数は100名にも満たない人数、徐々に増えてはきますが、源氏のゆかりの地である鎌倉に行く途中で発生した石橋山の合戦でも300名程度の人数だったようです。(相手の兵力は3000人程)

戦争は数の世界ですので、当然この戦いに頼朝は敗れてしまいます。そして逃げに逃げてたどり着いたのが房総半島でした。

ここで戦いの潮目が変わります。再起を図るため頼朝はその地域の豪族の取り込みにかかるのですが、なんと結構大きな豪族である、千葉氏と上総氏を味方に引き入れることに成功するのです。

この時点で中学生だった私に理解できなかったのは、300人程度とはいえ何のよりどころもない頼朝に何故付き従ったのか?そして房総半島の大豪族である千葉氏と上総氏は何故頼朝の臣下になったのか?という事です。

ここからは私の考えが入りますので異論のある方もいると思います。

この中学生の時の私の疑問が頼朝が天下を取れた要因だと思うのですが、当時の武士同士のやり取りに忠誠心といった言葉はありません。ギブ&テイク、つまり何かをしてくれるから自分たちも主君のために頑張ろうという事が行動原理です。

まず、武士という人たちについて理解を深める事が必要ですが、武士には大きく分けて2種類あると私は考えています。1種類目は中央の貴族の中で出世コースから外れたお家の人が武士となった人たち、この人たちは一応貴族の出なので、権威がある人たちになります。権威とはお墨付きや正当性を意味しますので、何かをやろうと思った時や、周りの人たちの力を借りようと思った時に人の力を借りやすくなります。

2種類目は地方で土地の権利や財産などを守るために自衛するために武装化した人たちです。この人たちはその土地に根差しているので、人数も多く大きな武力を保有しています。ただ泣き所は、ただの地方の荒くれもの集団の為、権威がなく正当性が無いといたところです。今でいうところの暴力団のような存在とイメージすると分かりやすいかもしれません。

頼朝は1種類目の武士、そして頼朝を支えた武士たちは2種類目の武士、頼朝と坂東の武士たちはお互いに足りないところを補い合い、より大きな富を得るために手を結んだと考えると、関東の武士たちが頼朝に力を貸したことも納得できました。

私たちが武士をイメージするときに戦国時代や江戸時代の武士をイメージすることが多いのではないと思います。戦国時代や江戸時代は上下関係がハッキリしてきますので(と言っても戦国時代は結構ギブ&テイクの世界でもあるのですが)上の意向に下の人たちが従う事になります。しかし頼朝と関東の武士団はその様な関係性にはありません。ですので富士川の合戦で平氏に勝利したのち頼朝は京への進軍を考えていたのですが、関東の利権に強い関心のある武士たちの意向で、関東の地盤を確立することを優先させるといった事も生じています。

頼朝が天下を取れた要因は、武士たちの思いを理解し、彼らの期待に応える事が出来た事、そして力でだけではなく、関東に政治システムを確立し正当性を持ってその地を支配できる仕組みを作ったことです。

私が中学生の時には鎌倉幕府の成立は、頼朝が征夷大将軍に任じられた1192年で覚えましたが、今は、諸国に守護・地頭を設置する権利を朝廷から許可された1185年になっているのは、正当性を持ってその地を支配できる権利を確保したのだから、その時点をもって幕府成立としたほうが良いというのが理由です。

頼朝は正当性と強大な力を手にすることになりました、その力をもって西では平氏を打ち破り、北では藤原氏を打ち破って天下を統一することになるのです。

次回は、何故、源氏は3代で滅びてしまったのかについて解説したいと思います。

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