前回、藤原野道真が遣唐使の派遣を取りやめたことについてお話しました。
今回はその取りやめた後のお話、「国風文化」についてお話していきます。
9世紀の末、唐の勢力が衰えてきたため朝廷は遣唐使の派遣を取りやめました。
その後、唐が滅んだことから中国との正式な国交は途絶えましたが大陸の文物はその後も商人を通じてもたらされました。
一方で貴族たちはそれまでに取り入れた中国の文化を自由に作り替え日本の風土や生活にあった文化を発達させていきました。
この発達させていった文化が「国風文化」です。
この日本の風土や生活に合わせて貴族は寝殿造と呼ばれる住居に住み服装も日本ふうのものになりました。
他、日本語を音声通りに表すかな文字も発達。
漢字で書かれたそれまでの漢文とは異なり、人々は自分の考えや感情をより自由に書き表せるようになりました。
このかな文字を用いた文学が盛んになり、10世紀には紀貫之によって「古今和歌集」がまとめられ、
11世紀の初めには紫式部の「源氏物語」や清少納言の随筆「枕草子」など宮廷につかえた女性による優れた作品も生まれました。
国風文化の時代は代表的な作品が多くとても言葉としても覚えやすい文化です。
たまに紫式部と清少納言のつくった作品がどちらか分からなくなるという人もいますが、
清少納言=「枕草子」
覚え方:清い枕で寝たいよね
で覚えられます。もし迷いそうであればこの覚え方でいかがでしょうか?
では今回は以上です。